伝統的な日本家屋はワンルームで、基本的に室内に壁はありません。
海外の家は外壁や内壁を作って最後に屋根をのせますが、日本では骨組みを屋根まで先に作ります。そして内にできた一つの空間を障子や襖などの建具などで仕切る「間仕切り」の文化です。
古民家の室内も調度品や飾り付けからなる室礼・間仕切りが調和してできあがります。
調度品・飾りや間仕切りを表す室礼
室礼、舗設、設い、どれも「しつらい」または「しつらえ」と読みます。室礼が始まったのは平安時代からですが、室内を清め、飾り付けをし、人をおもてなしの心で迎えるという意味は現在まで1000年以上引き継がれている日本人のスピリットでしょう。
そんな室礼によって現在にも引き継がれているものは飾り付けやマインドだけでなく、実は仕切り装置も含みます。
婚礼などの晴れの儀式の時に婚礼家具などの調度品を揃えたりしましたが、平安時代の普段の室礼といえば風や視線を遮るための仕切りのことを指すことが多かったようです。
障子や衝立、屏風もこの頃から今に続いています。
部屋の配置や構成をする間仕切り(まじきり)
部屋の配置や構成を表すのが間仕切りです。日本の住居は内壁をつくらず、屋根の下にできる一つの大きな空間という間を仕切る間仕切りで部屋を作ったり、風や視線を遮ります。間というのは柱と柱の間の空間のことです。
縄文時代の竪穴式住居やその後の高床式住居にも建物の側面は藁などで覆うだけやそもそも壁がなかったりしました。日本では壁の概念が昔から薄かったのですね。
昔の家、特に農村でよく見られる田の字の間取りの家ではたくさん部屋があるように見えるものの、行事や儀式ごとがあるときには襖を全部放ち、もとの1つの大きな部屋になります。
平安時代から現代まで使われ続けている間仕切りグッズ
平安時代に開発された「障子」が代表的です。今でいう障子は和紙を貼ったものですが、正確には明かり障子と呼ばれます。ですが、この頃は間仕切りに使われるものは多くが障子と呼ばれていました。
どの呼び名も今では簡素になり、全く別の建具のイメージですね。現在の和紙を貼った障子は今でも明かり障子と呼ばれることもあります。閉めていながら明かりを取り入れることができるのが由来です。衝立もパーティションとして新型コロナ対策にも使われました。
他にも屏風、すだれや布による御簾(みす)、欄間も現代でも使われている間仕切りです。特にすだれは100円ショップでも手に入るほど今でもごく一般的なアイテムですね。
日本家屋と切り離せない室礼と間仕切りの役割
室礼という言葉の響きが好きですね。すてきです。
長崎の波佐見に「手作り工房 美のり窯」という窯元の古民家があるのですが、お客さんがあってもなくてもいつでも室内のあちこちにお花が生けてあります。美のり窯のお母さんがお庭から摘んできて焼き物の花瓶に飾るのです。豪華なお花というよりはなんとはない季節の花や植物なのですが、だからこそ人をかしこまらせずただそこに「いらっしゃい」という感じで凛としています。
古民家について学んでいると、間仕切りという言葉は頻繁に出てきます。間仕切りされていない伝統的な民家はおそらくないのではないでしょうか。
間仕切りは柱とともに日本家屋の自由で開放的な空間的特徴を表しています。ライフスタイルや行事によって間仕切りを自由に変化させ、お客様中心に外に開かれて建てられた伝統的な家は飾り付けやおもてなしの心で表現されてきました。
なかなか伝統的な家のすべてを引き継ぐのが難しくとも、家の中のどこかに自由・開放・おもてなしの空間、ないしマインドだけでも絶やさずにこしらえておきたいものです。
<参考書籍>
中山章「知っておきたい住宅設計の基本 図解日本の住まい」建築資料研究社(2009)、川上 幸生「古民家の雑学53」Amazon.com(2013)、川上幸生「古民家の調査と再築」一般社団法人住まい教育推進協会(2019)、石川るい子編著 清水康造監修「古民家暮らし私流」飛鳥新社(2002)