杉は日本にしかない固有種で、古くは縄文時代から人々に使われてきました。日本で最も多く、そして一部を除いたほぼ全国で自生・植林したため、日本の広い範囲で杉を取り入れた民家や神社仏閣などが見られます。
日本一長寿の木であり、樹齢2000〜3000年のものも各地に見られ鹿児島屋久島の原生林は世界遺産にもなりました。
そんな杉の木、もちろん古民家でもよく出会っているはずです。日本建築は杉なしでは語れないほどですが「一番良いのも杉、一番悪いのも杉」とも言われるそうです。どうしてなのか見てみましょう。
杉の基本情報
- 全長20〜40m、スギ科スギ属、常緑高木
- 名前の由来:素直に真っ直ぐ、すぐ伸びる、直(すぐ)の木
- 学名のCryptomeria japonica(クリプトメリアヤポニカ)は「隠された日本の財産」の意味
杉は民家のどこで使われるか
杉は古くから様々なところで用いられてきました。民家、神社仏閣、家具、生活用具、工芸・民芸、船などの乗り物です。
古民家や新民家ではこんなところで使われています。
構造材 | 柱・梁・桁など全般 |
仕上げ材 | 天井・床、屋根、外壁、内壁、階段など |
建具 | 障子、ふすま、窓枠、戸、戸袋など |
生活用具 | 机(テーブル)、箪笥、箸など |
建物の構造の基礎となる柱や梁、土台などの骨組みのこと。またその木材
家を歩けば杉に当たりそうなほど、ほとんどあらゆるところで使うことができるようです。
古民家では経年変化しているためわかりにくいですが、杉は赤みを帯びていたり赤褐色をしています。また木目がきれいに真っ直ぐ伸びているのが特徴なので古民家で探すときの目安になります。
杉材の特徴 メリットとデメリット
そんな至る所に使われる杉の木材としての良いところと困るところを見ていきましょう。
杉材のメリット
杉は万能木材という人もいるほど多くの強みがあります。
- 空気を多く含むことができるため軽く、衝撃に強く、調温性がある
- 調湿性が高く、水分にも強い
- 柔らかく真っ直ぐで加工しやすい
- 芳香性、抗菌性や防腐作用のほか、汚染物質を吸収し空気を浄化する
- 全国的に比較的安価で手に入る
杉は空気を多く含んでいる
空気を抱え込む隙間がたくさんあることでクッションの役割を果たし杉は衝撃に強いです。またその隙間には断熱効果が生まれるため、熱しやすく冷めにくい構造になっています。一度適温を取り込むと冬は暖かく、夏は涼しい空間を作ってくれます。冬は床材に取り入れられていると底冷えが少なく、その暖かみを感じやすいそうです。
杉の調湿性
空気中の湿気が多ければ吸い込み、少なければ放出します。天然の加湿器・除湿器となって、家が長持ちするだけでなく、乾燥から人の体も守ってくれます。
杉の柔らかさ
杉は繊細な表現が使われる民芸や工芸品にもよく使われています。柔らかいことで加工がしやすく扱いやすい木材です。真っ直ぐ伸びることで柱にもよく使われます。
杉の人への効能
杉は伐採してからも5年はその芳香が漂います。リラックス効果だけでなく、その杉独特の芳香はトイレ臭やペット臭など多くの悪臭を分解してくれます。また、空気中の汚染化学物質を吸着し除去する機能があることも知られています。
「比較的安価」だが…
全国的に入手しやすいことで基本的には比較的安価です。ただし仕入れる工務店にもよりますし、またブランド杉になるともちろん高価です。代表的なブランド杉には、秋田の秋田杉、岩手の気仙杉、静岡の天竜杉があります。
良いことばっかりにも見えますが、そんな杉にもいくつかデメリットはあります。
杉材のデメリット
- 柔らかいため傷がつきやすく、シミになりやすい
- 杉によるアレルギーがでることがある
- シロアリに侵されやすい
- 外国杉は消毒がされている
傷つきやすい杉
杉の良さでもある柔らかさは傷になりやすいということでもあります。気になる人は気になるかもしれませんが、詰まった木目や経年による色変化で傷やシミは目立たないことも多いそうです。
杉によるアレルギー
花粉症を連想しがちな杉の木ですが木材となってしまえば花粉によるアレルギーが出ることはありません。ただし杉自体にアレルギーが出る人もいます。
シロアリ問題
民家再生でよく遭遇するシロアリ問題ですが、杉はシロアリにやられやすいことでも知られています。再生前の調査や、建てたあとの定期的な検査をすることが大切です。
輸入時の消毒
外国にもベイ杉やレバノン杉といったスギがつく名前の木はありますが、例えばベイ杉(アメリカ)はヒノキ科、レバノン杉はマツ科で正確には日本の杉とは違います。
杉に限りませんが外国産の木材は国内の生態系変化を防ぐため輸入時に殺虫消毒をしなければなりません。外国木材を使った家も多くあるので心配しすぎることはありませんが、体への影響が気になる人は国産がベターです。また国産杉のほうが強度が高いことも知られています。
良いところも悪いところもある杉ですが、長年使われてきた歴史を見ても適材適所の言葉通り使い方だと言えるでしょう。
焼杉や樹皮で杉を楽しむ
木材としてとても人気の杉ですが、角材や板材のほかにも使い方が色々あります。
高い耐久性と防虫効果のある焼杉
焼杉は主に西日本で見られる伝統工法です。(東日本では墨を塗ることもあります。)杉を焼いて炭化させることで耐久性が増します。
ほぼメンテナンスフリーなことから外壁に使われることも多いです。腐食しにくく防虫効果もあるため床下に使うことでシロアリが寄り付かなくなるメリットもあります。そのシックで深く炭光りするかっこよさから最近では内装の一部にも取り入れられることがあります。
ただし炭ではあるので、触ったら手が黒くなります。でも意外と子どもは一度まっ黒になった自分の手を見るとむやみに触らなくなるそうですよ。おもしろいですね。洗濯物などは近くに干せないので使う場所に工夫する必要があります。
樹皮まで使える杉
杉の樹皮は古民家では屋根の下地として敷かれることが多いようです。最近は温かみある和風空間を作るためにブロック塀に貼り付けたり腰壁部分に貼り付けるなどして利用もされています。
腰より下の高さの壁。床から1mほどの汚れや傷がつきやすい部分用に壁の上部とは違う素材が取り付けられる
私も今回調べて初めて知ったのですが、杉皮はネット販売もされています。古民家DIYなどで取り入れてみるのもおもしろいかもしれません。
杉の木と現代人
今ではすっかり花粉症のイメージがついてしまった杉。調べてみると「日本の隠された財産」でした。それほど世界的に見ても価値のある木であるはずなのに、検索すると「花粉 なぜ杉を伐採しない」というワードが出てきたりしてびっくりします。
花粉症は花粉に大気汚染物質がぶつかって破裂することで人の体に入るサイズになってしまい症状がでます。花粉自体は元々人の体に入るサイズではなく、花粉症は杉のせいではないんですね。それなのに花粉予報でも杉のイラストを見せて「今日は花粉の飛散量が非常に多いです」と言ったりするからみんな勘違いをしてしまいます。花粉も多いでしょうけど汚染物質が多いのです。
1000年以上も日本人の生活を支えてきた杉ですが、杉自体は昔から何も変わっていません。昔は花粉症はまれな病気だったそうです。変わってしまった私たちが杉を悪者にするのは逆ギレ感すらあります。でも杉の木は怒ったりもしないのですね。(本当は怒っているのかもしれないけれど。)怒るどころか、杉はその浄化作用で大気汚染物質を自ら取り込んできれいにしようとしている。それでも追いつかない空気の汚れ。健気過ぎて切ない。
それとこれとは話が違うと言われそうですが、私たちに一番身近な木であるはずの杉には感謝こそすれ、うまく付き合えなくなってしまうのは悲しいのではないかなぁとまだ花粉症にはなっていないから言える(?)私は思うのでした。
<参考サイト・参考書籍・写真提供>
喜入時生著 松本幸大監修『しくみ図解 建築材料が一番わかる』技術評論社(2014)、森林・林業学習館「杉」、SUVACO「杉の魅力、徹底解剖。知らないともったいない万能の住宅建材」、自然素材の家を建てる!檜から漆喰までジャンル別まとめサイト「杉の家」、榎戸材木店「杉の6つの吸収作用」、暮らしのBLOG「焼杉(外壁)のコストパフォーマンスは?その優秀さと心配事まとめ。」、ヒロオカクリニック「花粉症は昔はなかった? 少なかった? 「なぜ今、急増しているのか」」