全国伝統的建造物群保存地区は長すぎるので「伝建地区」とよく呼ばれます。日本の伝統的な建造物を保存するために市町村が保存計画を進め、なかでも国によって高い価値が認められたものは「重要伝統的建造物群保存地区(重伝建地区)」として選定されます。
104市町村で126地区、約30,000件の価値ある建物や環境物件があり、日本の歴史や文化を物語る貴重な資産です。そしてそれらを保存していくことは日本の文化遺産を未来に伝えるために必要不可欠なものとなっています。
古民家や武家屋敷などが密集してあつまっているエリアでもある伝統的建造物群保存地区はどんなものか、利点や地域が抱える問題点についても知ってみましょう!
伝統的建造物群保存地区ってなに?
古民家鑑定士の教本である「古民家の調査と再築」では古民家の定義のひとつに築50年以上のものであることとしています。これは1975年に制定された登録有形文化財制度に合わせたものですが、伝統的建造物群保存地区(以下伝建地区)もこのとき同時に生まれた制度です。
全国各地に残る歴史的な集落や街並みの保存を目的としたもので、市区町村が決定し保存条例に基づいて保存計画を進めるなど保存のための事業が進んでいきます。
建物個体ではなく伝統的な建造物や環境が一定度集まったエリアを指し下記のようなところがあります。
他にも醸造町や染織町など町の特徴ごとにあります!
重要伝統的建造物群保存地区にはどんなところが選ばれる?
市区町村が伝建地区を決定し、この中でも特に国によって重要と判断されたものは重要伝統的建造物群保存地区(以下重伝建地区)に選定されます。文化庁による選定基準です。
重要伝統的建造物群保存地区選定基準(昭和50年11月20日文部省告示第157号)
伝統的建造物群保存地区を形成している区域のうち次の各号の一に該当するもの
文化庁「「重要伝統的建造物群保存地区一覧」と「各地区の保存・活用の取組み」」
- 伝統的建造物群が全体として意匠的に優秀なもの
- 伝統的建造物群及び地割がよく旧態を保持しているもの
- 伝統的建造物群及びその周囲の環境が地域的特色を顕著に示しているもの
要するにこんな意味です。この中から一つでも当てはまっていることが必要です。
建造物だけでなく、門や壁、お墓、樹木や水路まで、とにかく町を形作るものが昔の姿のまま残っているかというようなところが見られるようですね。
土地の区画まで注意してみたことってないかも!
これらを満たして選定されると、都道府県教育委員会や文化庁は市区町村へ指導や助言を行います。他にも建物や情景をかつての通りに戻す修理や修景事業、防災や耐震設備、案内板などの設置に対して補助したり税制優遇措置など支援を行っていきます。
伝統的建造物群保存地区を守ることの意味
- 日本の歴史や文化を物語る貴重な資産として未来に伝える
- 観光地として多くの人に来てもらうきっかけになる
- 過疎化や空き家の進行を減速させることができる
- 相続税と固定資産税に優遇措置がとられることがある
古い街並みが残る場所は元々人がいないところで老齢化も進んでいます。伝建地区として選定されることで彼らの子供たちが戻ってくることはなくても新たな人の流れを作ることができます。
日本の歴史や文化を物語る貴重な資産として未来に伝える
伝建地区の制度は現存するものを一つでも多く残す大切な手段です。古民家と同じく、伝建地区も一度壊してしまっては二度と戻らず未来のこどもたちは自分のルーツを目にすることもできません。
伝建地区が制度化された頃は、そこに住む人が自分の家が選定されてしまったら釘一本も打てなくなるのではと慌てて取り壊し建て替えてしまったこともあったそうです。
昔は正しい情報共有も難しかったのかもしれません……
過疎化や空き家の進行を減速させることができる
伝統木造物であればそのまま保存の対象となることもありますし、観光地として町が定着することで人が戻り、過疎化減速や空き家活用が進んでいる地域もあります。
相続税と固定資産税に優遇措置がとられることがある
伝建地区も普通の人たちが暮らす町です。家や蔵も一般の人が持ち主である場合も多くあります。保存のためには地域の人々の理解や協力が不可欠ですが、その建物を長く維持してもらうためにも税金の優遇措置がとられる建築物もあります。
伝統的建造物群保存地区の問題点
伝建地区をもつ自治体は補助があったり観光面などで収益につながっていることもありますが、自治体やそこに住む人にとっては困ることもあります。
元々住んでいた人が住みにくくなることがある
伝建地区には当然ですが元々そこに昔から住み続けて来た人々がいます。人が少なくなってしまってもそこで慎ましく静かに暮らし続けて来た人たちにとって突然住む場所が観光地化してしまうと戸惑いも大きくなります。
観光が一過性になってしまうことがある
暮らしにくくなってしまった人たちの中にはその土地を離れる人もいるようです。しかも伝建地区として選定された直後は来ていた観光客もずっと訪れてくれればいいのですが一時的な流行で終わってしまうことも考えられます。そうなると元の住民もおらず観光客もいなくなり一層空洞化が進んでしまうことになります。
終わりがない修理・修景作業
伝建地区が制定されるようになったのは1975年ですが、その頃修繕されたものももう50年ほど経ち再度の修繕が必要です。補助金はあるものの伝建地区を残そうとする限りその作業と作業にかかる費用、住民の同意などもはやエンドレスで必要になってくるものです。
伝統的建造物群保存地区を訪れるときに私たちが気をつけたいこと
このように見ていくと伝建地区にはいいことばかりではありません。これだけ色々なデメリットを抱えてでもふるさとやかつての町並みが朽ちないように先人たちやそこに住む人々、自治体が血の滲むような努力を重ねて残っているものでもあります。
伝建地区でも観光客のマナーの悪さが問題になることがあります。地域が活気付くのはいいことですが、自分の住んでいる場所に見知らぬ多くの人が常にいる状態というだけでもストレスを感じる人も多いでしょう。その上迷惑行為まであるとなると、頑張って伝建地区を残そうという気力も萎えてしまうかもしれません。
古民会でもいつも「お邪魔している」という気持ちを忘れずに訪れたいと思います。
<参考書籍>
川上幸生「古民家の調査と再築」一般社団法人住まい教育推進協会(2019)、株式会社ジエ・エー・エフ出版社「にっぽんの昔町 伝統が息づく街並みに出逢う」(2009)