おもしろいです、笑っちゃいます笑
「古民家を読む1」では主に建築士側の視点で古民家再生について知ることができましたが、『猫と人と古民家と』では施主側からの古民家再生のリアルを見ることができます。これが読んでいる間中ニヤニヤが止まらない。実際施主の著者はめちゃくちゃ大変なのですが、「えー?!」とおもうような著者の大胆な性格と苦労をものともしないコミカルな文体で描かれています。どんなに大変でもこの人なら乗り越えてしまうだろうなぁと思わせてくれる安心感でもって読み進められるのです。
南里秀子さんはこんな方…
南里さんのことはこの本ではじめて知ったのですが、猫好きな方には有名なキャットシッターさんらしいです。33歳で始めたキャットシッターはお客さんのおうちにお邪魔して猫のお世話をしてくれるサービスで南里さんの会社「猫の森」が日本で初めて開業したのだとか。そんなお仕事があったとは。猫に関する著書、連載、講演も多数。
古民家再生に挑む施主のドタバタ劇
南里さんが購入したのは和歌山県の辺境(?)にある築200年の大きな古民家。タイトル通り猫と人がのびのび暮らせるような場所を作るために奮闘します。この家が高いのか安いのかも確めず初見で買っちゃう、遠すぎるけど買っちゃう、どんだけ予算大幅オーバーしてもこの古民家を理想の場所にするために、とにかく当時52歳の南里さんは突っ走りまくるのです。
ハッキリ言って読んでるこっちがハラハラします笑 「ちょっとちょっとそれ大丈夫?!」「あーーまたそんな即決してヤバいことになるんじゃないのーー?!」って思ったらやっぱり「あら~……」となっちゃったり。不可抗力によるトラブルもあれば、自らのせっかちで起こるトラブルもありとにかく苦難が多いのです。
何か起こるたびに一喜一憂する南里さん。古民家再生だけでなく猫の病気などトラブル続きの時は相当参っているはず。気楽に読んでいたけれど、ハッと気づく。でもこれが現実では?と。作中は前向きな南里さん、事が進んでいく古民家再生の中で苦しさについてはそんなに何ページにも渡って書かれているわけではありません。でも普通の家を新築するのとはわけが違うんだ、と気付かされるところがたくさんあります。
家の価格交渉、種々の手続き、建築士との関係ややりとり、ボランティアの募集、周りの意見、家の間取りからシャワーの部品一つまで膨大な量の決定すべき事項、普段の「猫の森」の仕事…。時間もお金も体力も必要。そして精神力!持ち前の性格なのか前向きに取り組んでいく南里さんですが、私は想像しただけで気が遠くなりました。古民家を愛してはいるけれど、むむむ…分かっていたつもりだったけど愛だけではどうにもならん!私には愛以外の多くが欠けてるー!と気付かされました。
リアルお金のはなし
愛以外の多く、その1つはお金。
家の値段
そもそもの売値が2200万だった家は1600万円ま値引きされながらも最終的に2000万円で買うことになります。私はその時点で何それ?!です。家の値段ってどうなってんでしょう……。
概算の建設費
最初の設計士は設計図を1枚も上げて来ず160万も払ったのに泣く泣く諦めて契約解除。それでなくても新築じゃないのにお金がかかるのが古民家なのです。一般的には……
延べ坪数×概算工事費+設計・監理料+消費税
設計・監理料は総工事費の〇%+消費税(〇は設計士による)
しかも南里さんの場合、設計士が東京に住んでいるので猫楠舎のある和歌山の僻地まで設計士の交通費は別途実費でかかります。さらに新築と違って調査、解体してみて初めて分かる問題も出てくるのが古民家。新築のように予算も予定通りとはならないのが普通のようです。その度に予算が上がれば必然的に設計・監理料も上乗せされていく一方。私はこのあたりからしばしば本を置いて天を仰ぐことに。
でも妥協しない南里さんはバスルームやらキッチンやら予算は上がる一方。例えばキッチンは予算56万から240万円になっちゃいます。至る所こうやって予算は上がり続け最終的に3000万円の予算オーバー。自分のことじゃないのに深いため息をつくことになってた私でした……。
「ガラクタ」処分
地元で由緒ある家柄だった南里さん購入の家。家に残されていたものの中にお金になるものがなかったわけではないですが、多くを処分することに。その処分費たるや母屋だけで20万円。その他に2階の天井までびっしりモノがつまった蔵。最初はお宝が…と期待していた南里さんたちも作中だんだん「ガラクタ」と呼ばれていくことになってしまい、2階から1階に放り投げて処分していかれます。中にはネットオークションで出品されたりしますが、古民家あるあると思われる元の持ち主のこの大量の荷物。すべての整理から持ち出し運搬まで100万円……。
その他諸々の諸経費も止まらない
南里さんはマイレージを使ったり、ボランティアやシルバー人材の方に手伝ってもらうなど多くの工夫をしていましたが、地盤調査、保険、お祓い、人間と猫の引越し、東京-和歌山の度重なる交通費・宿泊費、税金、光熱費、食事代、ご近所へのあいさつのお品……延べ250万円。お、恐ろしい。
南里さんは夜中にお金が心配になって目覚め、通帳を引っ張り出すこともあったそうです。それでも南里さんには確固たるお金へのイメージがありました。
もっとも「お金は必要だが重要ではない」というのが、以前からの私の考え方。世の中にお金はいくらでもある。たまたま私の手元にないだけだ。私のお金は、今旅に出ている最中なのだ。そのお金が私の元に戻ってきても、すぐにどこかへ流れていく。ならばそのお金はすべて猫楠舎に使おうじゃないか。(中略)元気で働いて、借金返していけばいいじゃん。
南里秀子著 (2012)『猫と人と古民家と』幻冬舎(71頁)
私もここぞという時にはこの南里さんの言葉を振り返りたい。どんなにお金がなく迷いがあってもやらなければならない時というのは訪れるかもしれません。
「猫と人と古民家と」で学んだこと
あまりにもリアルお金の話にびっくりして、お金の話ばかりになってしまいましたがそうさせる何かを感じさせるのが古民家での暮らしなんだと思います。
どんな家に暮らしたいか
様々な苦難に合いながらも南里さんはいつもひとつの軸を守ろうとしていたように見えます。
「どんな家にしたいか」を考えていたら、それは「どんな暮らしをしたいか」と同じところにたどり着くように思う。
南里秀子著 (2012)『猫と人と古民家と』幻冬舎(83頁)
諦めたこともあったかもしれないけれど、どんなにお金がかかっても反対されても最終的に愛する家を手に入れることができたのはこの考えがあったからだと思います。完璧ではなくとも何か迷った時は必ずここに立ち返る、ということが大切なのかもしれません。
南里さんはこの古い家を手に入れただけではなく憧れの自給自足生活も目指していきます。広い敷地内には勝手に多くの作物や果物が季節ごとに豊富に実りそれら一つ一つを大事に頂き、また新たに育てながら猫と人の元気な暮らしを作っています。(そして目の前は海!海の幸も素晴らしい。)
家霊(いえだま)様へのご挨拶
南里さんのご実家は元お寺。92歳のお母さん、ミョウコウさんもこの家に移り住んできます。南里さんたちは解体前にお清めの儀をしていたのですが、家が完成した時に神妙な面持ちでミョウコウさんはこう話しだします。
「このままズカズカとこの家に入り込んでしまっては、この家を守っている家霊様に失礼だよ。きちんとご挨拶の議をしなければならないと思うんだよ……」
南里秀子著 (2012)『猫と人と古民家と』幻冬舎(131頁)
なるほど……こっちはお邪魔する方。そういえば降幡廣信さんも古民家再生の着手前には必ずその家のご先祖様にお線香をあげていたと書いていました。こうやって見えないものへの敬意が自然と浮かぶ人になりたいものです。
家に名前を
南里さんは和歌山で引き継いだこの古民家に「猫楠舎」とつけます。ねこくすしゃ、です。「猫楠」
は南方熊楠(生物学者、民俗学者)を描いた水木しげるの漫画のタイトルで、楠が好きで、南里さんの南の字が入っており、猫や暮らしについてみんなで学べる学び舎となるよう、「猫楠舎」。すてきです。名前をつけて人のように何度も何度も呼んだり呼ばれたりすることで自分も周りの人も愛着をもてる家に育っていくような気がします。
古民家や暮らし以外の何かを持つ
タイトルのせいか、猫好きな方が読んで「古民家のはなしばかりだった」と辛口レビューがチラホラ色んなサイトで見られましたが、そうでしょうか?私は南里さんがこの大仕事を始めたのはほかならぬ猫を思う気持ちだったと思います。実際に作中に何度も出てきますし、猫や人とのつながりを本当に大事にされているんだなあと感じました。古民家やそこでの暮らしや自分のことだけでなく、他の何かを思う気持ちが南里さんをとっても強くしたんだと思いました。
猫楠舎は訪ねることができる
今や図書館やワークショップ、イベントなど精力的な活動をしている猫楠舎。猫好きなら誰でもウェルカムとのこと。ブログでも楽しめますが、きっと訪れたい場所です。
住所 :和歌山県東牟婁郡那智勝浦町浦神133-1